いじめの加害者はいじめた事をどう思ってるのか?

 

  いじめられた経験のある人なら、

  いじめた人間には後悔やバレる不安を抱えながら生きて欲しいとか

  バチが当たれと願うものだと思う。

 

  実際のところ、いじめっ子はその後どんな人生を送って

  過去の行いをどう考えてるんだろうか?

   

 

 

いじめ加害者の声が少ない

  ネットには、いじめ被害者の声が溢れている。

  普通に考えたら世の中の加害者の数は、被害者の2~3倍はいるはずだ。

  そして傍観者はもっと多いはずだ。

  しかし意外と見つからない。

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  ということは、いじめっ子や傍観者は

  ネットに自分の経験をあまり書かないってことだ。

  当然だ。小山田圭吾を未だに許さない、ネット民の執念深さを見れば

  死んでも隠し通そうと思うだろう。

 

  いや…

  私が知ってるいじめ加害者は、多分全員、自覚が無い。

  確かめた事は無いけど、そんな気がする。

  「あなた、中学の時にいじめてたよね?」とか言ってみたいが

  多分、寝耳に水って顔で怒り出しそう。

 

    

 

Yahoo!知恵袋はいじめっ子の宝庫

  そうだ、こういう時こそ知恵袋だ。

  知恵袋の人々は悪く言えば頭が悪い。良く言えば正直だ。

  文章力が低い人が多いので、何言いたいのか分からないことも多いが

  きっと、そこそこ率直ないじめ加害者の意見が見つかるはず。

 

  … …

  やっぱり!

  ちょっと検索しただけで、いじめ加害者側の書き込みが山ほど出てきた。

  ただ、いじめ加害者の中でもとりわけ低能な意見しか拾えてない

  可能性はある。(知恵袋なんで)

  あと、当然ながらいじめの自覚がある人しか見付けられない。 

 

  まぁ仕方ないので2日くらいかけて読んでみた。

 

  それで、200か300くらい読んだあたりで、色々と気づいたことが

  あったので、それをまとめておこうと思う。

 

 

 

いじめている時は自覚がない!

  一番びっくりしたのはここだ。

  多くの人が「いじめていた当時は悪い事だと思ってなかった」

  「軽い気持ちで遊び半分でやっていた」「からかっただけ」

  「自分が楽しいから相手も楽しいと思い込んでいた」と言っている。

  小学生に多いけど中高生でもいるのが恐ろしい。

  

  多分、このタイプはいじめとは思ってなくて、

  イタズラ・からかい・遊び・ケンカなどと認識している。

  それが大問題になったり、大人になるにつれてだんだん

  いじめだったと気付き後悔する。

 

  せっかくなので、知恵袋内のこのタイプと思われる例を貼っておく。

  ほとんどがからかいの延長にある

  最高ですよ!あの快感は!

  どっちかというと遊びに近いノリ

  過去のいじめをすごく後悔しています。

   誰かがやってたから、何も考えず自分もやってました。

  

 

いじめられて初めて辛さが分かった

  悪い事をしていたと気付いた、具体的なきっかけで

  一番多いのは、自分がいじめられる側に回ったことだ。

   昔いじめた先生との再会。

  自分がいじめてる時は、だめなことだと気づいてなかった。

  私は取り返しのつかないことをしたのだと後悔しています。

  かつて自分も同じことしたのを思い出して鳥肌が立ちました。

 

  私はてっきり、

  「悪いって分かってるからこそいじめるんでしょ?」と思っていた。

   傷つけるためにいじめてるんでしょ?と。

  どうやらそうじゃなく、純粋に遊びだったりストレス発散や

  友達との結束の確認で(いわゆるギャングエイジ)いじめていて

  相手の辛さに全く思い至ってないというケースがあるらしいと分かった。

 

 

いじめ肯定派の意見

  「確かにいじめた事はあるけど悪いとは思ってない」

  「時にはいじめも必要だ」と考える人たちがいる。傍観者に多い。

 

  知恵袋に限らず、このタイプはネットのあちこちにいて、

  わりと本気でいじめを肯定する主張をしている。

  

  いじめられる側に原因がある

  理由もなくいじめられている人って一人もいないです。

  やはりAは元からおかしな人だったんだと思います。

   集団を保つための必要悪だ

  クラスを一致団結するために少数を標的に

   イジメも差別も人間の本能 

  いじめによって人は成長する

  いじめは必要だと思いませんか?

  いじめってなくす必要あるんですか?

  大事なのはそれにへこたれない強さを身につけること

  これ系の議論っていろんな所で見かけるけど、

  いじめというより私刑の是非の問題だなと思う。

  そしていじめ肯定派には、私刑という意識が無いのかもしれない。

 

  日本には村八分という習慣もあったわけだけど

  村八分って実は完全排除じゃなくて、必要最低限の互助はあるんだよね。

 

 

 

武勇伝

  いじめた思い出を悪びれもせず語る人もたまにいる。

  私も昔はヤンチャだったから、イジメをしてました。

  いい子ぶっていたその子が気に入らなかったのです。

  主人はいじめっ子、私はイジメられっ子。

 

  ヤンキーってマウント好きというか、

  強さを示すことに大きな価値を感じる生き物なんだなと思う。

  あと、闘争心が強い人たちにとって、いじめって

  ザコ相手に取った白星くらいの意味しかないんだろうなと。

 

 

いじめ加害者はいじめた事を忘れる!

  忘れてしまった本人の意見は見つからないけど

  被害側の経験談がたくさん見つかった。

  「あの時は思春期だったからね・・・」

  「覚えてない。」

  「そんなんあった?」って言われました。(ベストアンサー以外を参照)

  しかもその帰りに告られました。

  主犯に偶然会い声かけられた

 

  いやいや忘れたフリしてるだけでしょ?という気もするけど、

  非倫理的健忘症といって、自分に都合の悪いことだけを

  忘れることがあるらしい。

   いじめ加害者には一生苦しんで欲しいなんて思っても絶対に叶わないのだ。

 

  あとやっぱりいじめ加害者と被害者では、いじめと感じるラインが

  違うってのが大きい気がする。

  まぁ、加害側の感覚がズレてると私は思うけど。

 

 

 

 

 

  最後に私が考えさせられた質問を貼ってみる。

  こんなことがいじめにされてたまるかと思ってしまう所があります。

   文科省は「やられた側がいじめと感じたらいじめ」って言うけど

  加害者にならないために、もうちょっと客観的な指標は無いんだろうか。