腐女子が言う「関係性」とは何か

腐女子がよく使う単語のひとつに「関係性」がある。

この「関係性」が、分かるようで分からない。

 

人々が何の関係性の話をしてるのか、「関係性」で検索してツイートを見てみたら

その日はテレビでVS嵐やってたせいで「ニノと吉高さんの関係性が好き」

という話題がむちゃくちゃ多かった。全体の3割くらい。

男性アイドルグループ内の「関係性」の話題も多かった。気遣いとか和やかとか。

腐関連の「関係性」の話も多くて、ためしに数えたら100ツイート中18あった。

やはりtwitter腐女子率が高い。

 

つくづく思うんだけど、腐女子は関係性についてものすごく語る

長文で語る。関係性こそが腐女子の栄養源なんだなと思う。

ただ、一般的な「関係性」とは微妙に違うような気がするので

それをちょっと書いてみる。

 

公式の関係性を尊重するほどエラい

少し前に「顔カプ」が話題になってたので、人々の顔カプ叩きのツイートを

しばらく眺めてみた。

なんで顔カプがそんなに嫌われるかというと、けして「顔重視だから」ではなく

「公式で接点が無いから」らしい。公式の関係性を尊重してないからダメなのだ。

 

ツイート見てて思うに、二次創作界隈では関係性を尊重した二次創作ほどエラい、

美しい、キャラ愛に満ちているという認識があるっぽい。

 

それゆえエアプ、原作未読、二次創作から入る行為は「公式の関係性を知りも

しないくせにこのCPの何が分かるの?」という理由でむっちゃ叩かれる。

 

もちろん叩かれる側、つまり公式の関係性なんか知らずとも二次創作見てハマる

ライトな腐女子も大量にいるからこそ、こういう批判が起きるわけだけど。

いや、マウント取るときに関係性を引っぱり出しがちと言った方がいいのか。

 

 

ただしその「関係性」はもれなく腐変換される

私がよく分からないのは、ここまで関係性にこだわるのに、なぜかその関係性

つまりライバルとか子弟とか、あるいは幼なじみが運命によって引き裂かれ殺し合う

とかいった設定を、腐女子はみんな恋愛関係に変換してしまうことだ。

 

これはよくマヨラーに例えて叩かれてるのを見る。

素材のうまさをさんざん褒めたたえたと思いきや全部マヨネーズかけて食う

と外野からは見えるのだ。

 

「公式の関係性を重視するほどエラい」というだけなら、男女CPでもよく見る。

例えば公式CP・非公式CPとかいった言葉で区別して非公式CPを叩いたりする。

まぁ私から見れば二次創作の時点で公式もクソもない、優劣なんて無いと思うけど、

公式の恋愛関係をそのまま延長してあれこれ想像したりその後を見てみたいと思うのは

感覚的には分かりやすい。

あるいは好きなキャラと自分が恋愛するとか、アニメの世界に自分が行って活躍する

とかいった妄想も子供時代にした人は多いと思う。

腐界隈の「関係性」は、そういう単純なものとはちょっと違う。

 

腐女子はBL作品で二次創作しない

このブログで何度も書いた話だけど、腐女子は元からBLの作品では腐向け二次創作を

しない。あってもファンアート的なものにとどまる。

それに対して男女CPや百合は、公式CPの二次創作が多い。

 

これがなぜなのか未だによく分からないけど、とりあえずの推測としては

腐女子にとって二次BLは一般作品という薪を燃やして出来る灰のようなものであり

BLを燃料にBLを生み出すことはできないのではないか」

と思っている。

 

この薪ってのがまさに「関係性」なんだろう。

関係性はBLに昇華される可能性を持っている。だから腐女子は「よく燃えそうな

関係性」を求めてジャンプや一般作品を読み漁るのにちがいない。

 

つまり腐女子は公式の関係性を意図的に読み違えるわけだ。

私の理屈で行くと、そうなる。

しかし腐女子の意見を見てると、どうもそういう意識は無いみたいで

「私はバリバリ原作絶対主義なので、関係性はすごく重要なんですよね~」とか言う。

 

外野から見れば、「関係性」を重視するならBL作品でしか腐向け二次創作は

できないんじゃないのか? ……と思うけど、現実はその180度逆なわけだ。

ここが私にはよく分からない。

 

無機物CPは関係性重視の極み

この腐女子独特の「関係性」の捉え方。

つまり恋愛に読み違え可能な濃い人間関係を見出せることが

理想的な関係性であるという捉え方。これの最たる例が無機物CPだと思う。

 

よく腐女子は鉛筆と消しゴムでも妄想できる」と言われるけど

これはけして「腐女子は鉛筆で興奮できる」という意味ではなく

鉛筆と消しゴムの役割、関係性から「俺がどんなに書いても黙って消すあいつ」

みたいなストーリーを思い浮かべ、そこに”クソデカ感情”を見出すことができる、

という意味なのだ。たぶん。

 

この腐女子の特性は、例えばおそ松、忍たま、福本作品とかいった

ビジュアル的にアレだけどなぜか腐女子が多いジャンルにも働いていると思う。

 

前に私は「腐女子に特有なこと」という記事の中で

腐女子はなぜか腐妄想の対象が異様に広い」と書いたのだった。

この問いには「腐女子はキャラ単体ではなく関係性に萌えを見出しているから」

と答えることができそうだ。

 

 とにかく二次創作界隈でも腐向けはとりわけ関係性へのこだわりが強く、

しかもその関係性は「原作の関係を保持している」というよりも

「BLへの読み違えがはかどる」という意味なのだ。

 

 

 

 

「関係性萌え」は便利なことば 

 腐女子の「関係性萌え」は、「自カプがいかに素晴らしいか」という話題にとどまらず

色々な場面に便利に使われる。

 

例えば「腐向けの大半は実質エロ漫画」という批判への反論として

「腐向けは男性向けエロとは違って関係性の描写がメインであり、エロシーンは

その延長でしかない」などと使われる。

ここでも「関係性」はマウント取りというか、免罪符に使われる。

 

あるいは「自己投影してない」の根拠として使われるのも見かける。

AとBの関係性が好きだから、私はそれを壁となって見守るのだ、という言い分だ。

 

こういう意見を見ていると、やはり腐女子は腐変換「前」の関係性と「後」の関係性を

区別していないような気がする。

変換したというよりは「腐という解釈を与えただけで変質してはいない」という感じ。

「親友とはあと一押しすれば交尾し始める関係である」とか(ネタだとは思うが)

言ってる腐女子もいて私は分からない。 

 

 

「関係性」は恋愛であってはならない?

ツイート群を眺めてる中で「あっ」と思った意見があった。

「原作でどんなに萌える関係性でも、男×女だとそれは恋愛関係になってしまう。

だから男×男に尊さを感じてしまう」

要約するとそんな感じの意見だ。

 

2019年あたりからひんぱんに見かける「クソデカ感情」という言葉にも表れてるけど

言葉にならない強い感情の塊のようなもの(と腐女子が感じるもの)が一番

腐変換がはかどるらしい。そこに「それは恋だよ…!」というマヨネーズ的解釈を

加えることによって腐向け二次創作が出来上がる。こうか。

 

こう考えると、腐女子がBL作品で二次創作しないのも「BLだから」というより

「恋愛関係がすでに確定しているから」って事かもしれない。

 

 

 

ただやっぱり分からないのは、なぜそこまでして恋愛(BL)に変換しなきゃ

いけないんだろう。

そしてなぜ二次創作界隈で腐向けだけ、「公式で恋愛関係にないキャラ同士を

好んでカップリングさせる」という法則があるんだろう。

これが体感的に分かる人だけが腐女子になれるのか?